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プロフィール

Profile

中学時代、
黄色いご飯を見て
疑問を感じた。

亀岡の薭田野町(ひえだのちょう)に生まれ、中学からは母の方針で立命館に通ったんです。当時、亀岡から蒸気機関車と路面電車で2時間ほどかけて通っていました。昼食の時間にふと周りの友だちの弁当を見ると、ご飯が黄色いんですよ。そこで「なんでお前のご飯は白いんだ」って驚かれました。自分からすれば黄色いご飯のほうがビックリなんですが、当時は古米しか市場に出なかったんですね。だからいくら京都市内に住んでいても家庭で新米は食べられなかった。そこで交換して食べたりするとみんな「うまいうまい」って喜んでくれてね。先生のご飯も黄色かったので、先生に米をプレゼントすると先生も喜んでくれたんです。それまで田舎に住んでいることにひけ目を感じていたんですが、亀岡に住んでいて良かったと思いました。当時はまだ農業を継ぐかどうか、考えもしていませんでしたが、今振り返ると、この時の経験が農業政策とか、国や人にもたらす影響などを考える原点になったと思います。

八木秀和(やぎひでかず)
昭和32年、亀岡市薭田野町出身。立命館大学法学部卒業。父の反対を押し切って農業用防除機のトップメーカー『株式会社丸山製作所』に就職し、長野県・南信エリアで営業マンとして働く。お客さまのニーズに応えることを徹底して実行。26歳のときに、地元に戻り、肥料・農薬・農業機械・農業資材を取り扱う父の会社である『株式会社八木商店』で一般社員として新規開拓の営業に従事。長野で身に付けた相手の思いに寄り添い、自社の強みを活かして、ニーズに応えることを地道に実行。危険物・毒物劇物取扱責任者、米検査員、JGAP指導員、施肥技術マイスター、宅建の資格を有する。

米づくりについて

薭田野(ひえだの)町は
丹波佐伯と
言われた地。

約3000年前、この地に住み着いた祖先の人達が食物の神、野山の神を祭り、原生林を切り拓き田畑を造ったのが丹波佐伯郷の始まりです。丹波とは「黄金色の稲穂の波」という意味があり、その名の通り古来よりの穀倉地帯で、この佐伯も江戸時代には亀山藩の中で高い生産量を誇る米どころの一つでした。亀岡の米はキヌヒカリ、コシヒカリ、ヒノヒカリ等が生産されています。粘土質の土壌、良質の地下水、天災を受けにくい盆地、空気の美しさなど、米づくりには理想の地。この環境を生かし、さらに各農家のこだわりの技術と繊細な愛情で稲を育み、みなさまのもとへお届けするお米を作っています。

会社概要

社名 株式会社 アグリにのうみ
代表者 八木秀和
創 業 2013年3月4日
資本金 300万円
所在地 〒621-0031 京都府亀岡市薭田野町太田川ノ上23
電話/FAX TEL:0771-22-1867/FAX:0771-25-2295(八木商店内)
定休日 日曜・祝日・祭日・第二月曜日(繁忙期は不定休)
取引銀行 京都銀行
関連団体 株式会社 八木商店